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「想う体積」「十二の日には五つの頃を」

1981年プチフラワー冬の号
「やさしい時間(とき)に・・・」
P5121723

雪降(ゆきふ)(よる)
その(おと)をみつめるように
どうして
(むかし)のことばかり
(おも)うのだろう

十二の()には(いつ)つの(ころ)

十七の(ひる)は十二と(いつ)
二十三の(あさ)
十七・・・十二・・・(いつ)
・・・(おも)体積(たいせき)ばかりが
  ふえてゆく

節目の年令だと思うのだけど。
普通、パッと思いつく節目の年令というと、
小学校入学の6才、
小学6年生、小学校卒業の12才、
中学3年生、中学校卒業の15才。
人それぞれの進路があるけれど、
高校3年生、高校卒業の18才、
4年制の大学卒業の22才、とか。
でも、そんな区切りの良い年令とは違ってる。

更に、「日」という言葉、「昼」、「朝」という時間帯。
何か意味を考えられずにはいられない、「仕掛け」が施されてしまっているわけで。
これが無ければ、年令の積み重ねという理解で終わるのだけど。

下の表は自分が幼稚園だったので、年長年少で書いてます。
内田善美氏が大学卒なので、それにあわせました。

黄色にしてみると、区切りの頃だし、わかりやすい年令じゃないのは内田善美氏の「内田クン」らしさ、で終わらせても良いのだろうけど……。

4才幼稚園年少5才
5才幼稚園年長6才
6才小学1年7才
7才小学2年8才
8才小学3年9才
9才小学4年10才
10才小学5年11才
11才小学6年12才
12才中学1年13才
13才中学2年14才
14才中学3年15才
15才高校1年16才
16才高校2年17才
17才高校3年18才
18才大学1年19才
19才大学2年20才
20才大学3年21才
21才大学4年22才
22才社会人1年目23才
23才社会人2年目24才

「5つの頃」は、幼稚園年少と幼稚園年長、あるいは、小学校にあがる前。
「12の日」は、小学6年から中学1年。
「17の昼」は、高校3年の後の方。前の方は含まない。
「23の朝」は、社会人1年目の前の方。後ろの方は含まない。

含む、含まないの判断の元にしたのは、スフィンクスの謎々
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足」みたいに、ある時期を「朝」と「昼」と呼んだかなぁと。
(この謎々って、あまり知られてないのかしら。昨日の世界ふしぎ発見で、これを答えた解答者が拍手を受けててびっくりした)

あと、最初は「5つの頃」とあいまいで、比較的長い期間なのだけど、次が「12の日」と1日のある日なのかと思うような言葉になって、その次は「昼」「朝」と1日の中でも時間がはっきりわかる言葉になってくる。
幼い頃の記憶は遠く、現在に近い記憶は、時間も鮮明、というのもあるのかしら。
意図ははっきりわからないけれど、言葉の使い分けが面白い。

「雪降る夜」「想う体積」
雪が降り積もり堆積していく、というのに掛けてる。
想いが堆積していく、じゃなくて、想う体積ばかりがふえていく、という表現が面白い。

で、体積という言葉を使った意味を考えてみる。

体積って、縦×横×高さ、底面積×高さ。

底面積とは、何か。
5才、その想い、想い出、
12才、その想い、想い出、
17才、その想い、想い出、
23才、その想い、想い出、かな。
単なる年令だけじゃなくて、何かの象徴、例えば想い出という言葉を除いて書いてるとか。

ならば、高さとは?
年月かな。

5才の想い出 ・・・変数 x1。
12才の想い出・・・変数 x2。
17才の想い出・・・変数 x3。
23才の想い出・・・変数 x4。

体積していく、底面積の総和x は、
x = x1 + x2 + x3 + x4
なのか?

高さとして扱う年月。
12-5=7
17-12=5
23-17=5
それだけでもないか。
17-5=12
23-12=11
23-5=18

底面積が5才。
5才の時の、 x1
12才の時の、x1 × (12-5)= 7x1
17才の時の、x1 × (17-5)= 12x1
23才の時の、x1 × (23-5)= 18x1
(1+7+12+18)x1=38x1

底面積が12才。
12才の時の、 x2
17才の時の、x2 × (17-12)= 5x2
23才の時の、x2 × (23-12)= 11x2
(1+5+11)x2=17x2

底面積が17才。
17才の時の、x3
23才の時の、x3 × (23-17)= 6x3
(1+6)x2=7x3

38x1 + 17x2 + 7x3 + x4
無理やり式にしてみたけれど、それでも、(x1 + x2 + x3 + x4)よりは、ずっと大きい。
堆積してくって、少しのものが少しずつ重なって厚みや存在感を持つようになることだから。

変数には全て10を入れて年単位分をグラフにしてみた。これも無理矢理。
膨れ上がり具合が感覚的にわかりやすいかなぁと思って。

右下のグラフの、下の方に、ほんのちょっとの高さで薄紫色の系列3がある。
Pomoitaiseki


年単位の掛け算にしてみたけれど、コールドスリープじゃあるまいし、何年かに1度目を覚まし活動するわけではなく、何年かに1回しか思い出さないわけではない。

思い出すという、特別な行為をしなくても、獲得した記憶ゆえの無意識の行動、習慣も多いわけで。
そんなことを考えると、変数 x は、無限( xn )に必要で、横軸となる時間は年ではなく、月、日、時間、分、秒、あるいは、刹那、と無限 (n刹那)になってくる。

無限と無限の掛け算を足し続けるど、どれほどのものになるだろう。

小さな雪の結晶の1つが、降り注ぎ、やがて積もっていくように、
想いや想い出(学習なんてのも、記憶するわけだから、ある意味想い出か)の一つ一つの積み重ねで、「その人」が形成されていく、なんというか、壮大さに気がつくと圧倒されてしまうというか。

雪の降る音が「見えた」気がします。
語られぬ言葉を聞くには、見つめるしかなくって。
見つめて、ようやく、「聞こえた」気がします。

23才で、5才と12才と17才の3つと今の4つの記憶がある、というのではなくって。
平面的な記憶が4層重ねられているのではなく、
何層もが掛け算されて膨れあがってく。

 5才(5才の記憶)
12才(12才の記憶、12才で5才を思い出した記憶、5才の記憶)
17才(17才の記憶、17才で12才を思い出した記憶、17才で5才を思い出した記憶
   、12才の記憶、12才で5才を思い出した記憶、5才の記憶)
23才(23才の記憶
、23才で17才を思い出した記憶、23才で12才を思い出した記憶、23才で5才を思い出した記憶
、17才の記憶、17才で12才を思い出した記憶、17才で5才を思い出した記憶
、12才の記憶、12才で5才を思い出した記憶、5才の記憶)

そんな足し算、堆積のさせ方もある。
これも、どれだけのものを抱えていくのかと思うと、ちょっと呆然としてしまう。

「想う体積」って、美しくて気が遠くなるような言葉でした。

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コメント

ああ!親御さんの見守り続けている想いが「やさしい時間(とき)に…」のタイトルに重なるように思えました。

あと「想い」だけなら時間を飛び越え、記憶を辿って自在に時の旅人にもなれるのかと…
ふとそんな風にも思ったりしました。

断片的にしか思い浮かびませんが一枚のイラストと詩からいろいろ想像出来る、改めて感服してしまいます。

投稿: haruchonns | 2013/08/09 11:00

「想う体積ばかりがふえてゆく」
「ばかり」って言葉も伝わってきますね、しみじみ。
「一つの忘れられない思い出」
何かありそうですね。
自分の記憶だけの話ってのも、容器だけが膨れ上がっていくような感じもあります。
雪のような重量感が無く、空気みたいなのの膨れ具合。
成長を見守ってきた親御さんに対して、想いの体積ばかりふえて、まだそれに見合うことをしていない、とかかしら。

投稿: eni | 2013/08/05 12:43

「想う体積」
素敵な言葉の響きですね。
その後に「ばかり」がつくと
吐息のようなものも感じてしまいます。

あと、一つの忘れられない思い出に
とり憑かれてるようにも、イメージとして湧きました。

謎々自体は聞いたことがあったのですが
それを「スフィンクスの謎々」と言うのを知りませんでした

有難うございます!
この詩を楽しむ手立てを作って下さり
いつもながら感謝なのです♪

投稿: haruchonns | 2013/08/05 11:36

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