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「風のように…」というイラスト

1977年花とゆめ臨時増刊号AUTUMNのもの。カレンダーとして11月12日から12月31日までの日付がある。
国立国会図書館で、折り曲げたくなかったのでA4で縮小コピーしていただいたら、少女のピンクのドレスの模様が白くぬけてしまったので、B4濃度最高で再度複写してもらった記憶がある。

20130824kaze

ドレスの模様と、古代ギリシャみたいな白い衣装のひだの陰影の拡大。
Kazenoyouni

少女のドレスの黒いリボンと、黒いレース。眠る少年の衣装のひだ。裾の黒い模様が美しい。
少女の膝で眠る少年。その伸びた足を、豪華な衣装を身に着けた青年の足がまたぐ。その奥の翼を持つ者の翼が、青年の足の更に前。
立体感が素敵。

カレンダーの縦線も、12月31日で終わりじゃなく、左端まで同間隔で引かれてる。
だから、真ん中の白い部分、空白が凄く美しい。

最初は、「風のように…」って「…」があるので、後ろに続く言葉が「消えてる」感じがあって。
綺麗なイラストが見れて複写も手に入って「良かった、良かった」とファイルに綴じて終わり、とはいかなくて。

何かこう、モヤっとしたものがあった。
思い出したり、眺めてるうちに、ピンク色のドレスの少女から「春」のイメージが浮かんで、順に、「夏秋冬」を当てはめて、「秋」のイメージは寒い冬へと向かう前の着込んだ感じで合うな、と。

「夏」は薄着で、汗で髪が乱れたまま眠っている。左の二の腕(肩から肘まで)に一筋髪がかかってるのにも汗ばむ季節の「夏」の感じ。
「冬」は白い翼なら天使だけど、黒い翼で。「玄冬」とも言うから黒なのかなと。

で、「春夏秋冬……かなぁ」と。

漢字四文字だから、同じ繋がりで「花とゆめ」の「花」、「風」、「花鳥風月(自然の美しい風景)もあるかなぁ」と。
翼のある者を「鳥」は、ちょっと違う気がしたのだけれど。
ただ、「月」が「カレンダーの月month」が「moon」ってのが、ああ、そういえば、と。

20130825haduki

葉が散ってゆくという情景さえ、このひと文字に込めてしまうんだ

は、加筆(後ろの木の枝も、散っていく情景に差し替わってる)。象形文字の「月」。

「葉落ち月」が転じて「葉月」になったとする説
http://gogen-allguide.com/ha/hazuki.html

「風のように…」とあるから、「春の風」「夏の風」「秋の風」「冬の風」と考えると、それぞれに似合う風景が浮かぶ。

「春の風」は風で桜の花びらが散っていく様子。舞いながら、川面に舞い落ちていく様子。
洋風のドレスに「桜」も変かもしれないけれど、少女は黒髪だし鹿鳴館の時代みたいなのもあったわけで、そんな洋風と和風が混じったイメージが浮かぶ。

「夏の風」は高原の木立の中、見上げれば、緑の葉が空を隠していて、木々の間に吹く優しく清々しい風。
木陰で眠っている少年(膝を立てて眠っているから少女じゃないはず)。

「秋の風」は、黄色茶色赤に色づいた木の葉が舞っている中、すっくと立っている。「実りの秋」というから、その「豊かさ」を豪華な衣装で表現してるように思う。

「冬の風」は、雪が降っている、風も吹き付けている、風が吹くと、雪が舞い上がったりするのかな。
翼を持つ者が、吹き上げられる雪の中、空を見上げてる。
人ではない者だから、薄着だし、冬は草木が枯れ、寒々しい風景だから布一枚を肩からかけているような。
実りの秋と違って、簡素な衣装。

浮かんでくる風の様子があるから、「春夏秋冬……だよなぁ」となってました。
荒川修作さんの「Next to the Last」で「見えた」感覚と同じ。見えたから、間違いないんだろうな、と。

ただ、表現物って「そんなのは描いた本人、作った本人しかわからない」という人も居らして、解釈しようとすることの否定だったり、違った意見になってくると、結局「描いた本人、作った本人しかわからない」で終わるしかなくって。
「見えたから」では、客観的な「根拠」じゃないし。
理系だからか、理系の人間と関わったせいか、つい「根拠」を考えて探してしまう。
客観的な根拠じゃないから、自分でも「まさか、ね。考えすぎよね」ってのが拭えない。
まだ何か、根拠が欠けてる感じがあった。

で、


って、「カレンダー・ピンナップだから四季」と呟かれて、「そっか(これで良いんだ)」とスッキリできた。

あとは、四季というと、自分の中では、「夏と冬」が強烈すぎて「春と秋」は単なる「その間の季節」ってイメージ。

夏は暑い日が続き、冬は寒い日が続くけれど、「春と秋」、春の桜、秋の落ち葉は、ごく短い期間なので、「間の季節」というような、自分の中では印象の薄いものになってて。
なので、それぞれ同じ重みを明確に持たせたいので「四季」じゃなく「春夏秋冬」と使ってしまう。

「四季」というと、季節がグラデーションのように変わっていく感じ。
「初春、仲春、晩春、初夏、仲夏、晩夏、初秋、仲秋、晩秋、初冬、仲冬、晩冬」という細かい分け方も出来るから4つのイメージに確定できなくて。
「初春」は、「立春から啓蟄前日(2月の節分の翌日から、その1ヶ月ほど)」なので、「春」というより「冬」だし。
6月ごろの「初夏」は、「夏」というのもちょっと違う感じがある。

「春夏秋冬」だと季節を切り取ったイメージがあるので好き。「言霊」なのかしら。

今回、「花鳥風月」を検索したら、中国語から「雪月風花」なんて言葉があるのを知った。
http://www.kokin.rr-livelife.net/yoji/yoji_se/yoji_se_48.html
「自然の景色、四季の景観のこと」、ふむふむ。
冬も鳥より、雪の方が、イメージにあうなぁと。元々の「雪月風花」なら並びも「冬秋夏春」と逆だけど順番に並んで美しい。
「花鳥風月」では「春冬夏秋」で飛び飛びで美しくない。
「雪月風花」かな。イラストでの並びと一致してるし。

更に、リンク先の意味のほかに、中国では「美辞麗句をならべただけで中身がない」とか、驚くような含みがあるそうで、「内田クン」なら、こっちの含みがあっても、私は驚かないな、と、思ったし。

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コメント

楽しいですね!一枚の絵から感じられるものを探す作業。まだこのイラストがカレンダーと知る前はキャラクターの関連性にピンと来てなかったのです。だってパッと見バラバラなんですもの。でも暦で「春夏秋冬」と聞いて直ぐにイメージが合わさりました。タイトルの「風のように・・・」の「・・・」も四季は繰り返すからかなって。あと5色刷なのにワザとのような2色刷りな配色も四季で色分けをするより、グラデーションと仰る様なように、例えば「四季は流れ・・・」とかもイメージなのかもと。

作品の意味は「本人にしかわからない」のは当たり前の話で、それで終わらせてしまうのなら受け止める意味がなくなりそうで寂しいですよね。想像力を掻き立てられ作品と対話するのが楽しい訳で。当時、内田クンが作品の感想手紙を熱心に求めていたのもそうゆうことだったのかしらって。当時そこまで気がつかなかった自分に後悔していますが、後追いでもいいから今そしてこれからも自分にとってライフワークといっても過言じゃないほど楽しみたいと思っています♪

*余談ですがカレンダーの始まりの日付けは誕生日だったりするので更に愛着がわくイラストなのでした

投稿: haruchonns | 2013/08/26 12:55

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